コーチング」カテゴリーアーカイブ

《気持ちと事実をセットで》

ここからは話を聞くための質問に移っていきましょう。どんな小手先を使えば、いい質問ができるのか。

質問の基本は「詳しく訊く」に尽きます。「もうちょっと詳しく教えて」がベーシックな小手先。ひとまずはそのように尋ねてみるといいのですが、もう少し工夫することもできます。

相手が気持ちを話しているとき、「具体的に何が起きたの?」と事実を聞く。

「 彼氏とのあいだでひどいことがあって、すごい疲れた」とか「上司との関係がつらい」と言われても、よくわからないじゃないですか?だから、「何があったの?」と尋ねて、具体的なエピソードを話してもらうと良い。

逆に、相手が事実だけを話しているときは気持ちを聞きましょう。「友だちと遊びに行ったら、遅れて2時間も待ったよ」と言われると、つい「ひどい!」と言いたくなるけど、そこは5秒我慢してください。そのうえで「どう思ったの?」って聞いてみる。

もしかしたら「すごい豊かな時間だった」と彼は語りはじめるかもしれません。そうすると、今まで知らなかった彼の心が見えてきます。

事実と気持ちがセットで語られるとき、心は伝わってきます。だけど、普段の僕らは事実と気持ちのどちらかだけを話すようにしているものです。相手に心が伝わらないようにしているんですね。

それはそれで、悪くはない。

日々のコミュニケーションは、相手に心が伝わらないようにしておいたほうが安全ですから。でもね、あなたがせっかく話を聞こうとするのなら、両方がセットになるように聞いてみましょう。

気持ちを語っていたら事実を尋ねる。事実を語っていたら気持ちを尋ねる。これが質問のための小手先。

《命の器》

運の悪い人は、運の悪い人と出会ってつながり合っていく。やくざのもとにはやくざが集まり、へんくつな人はへんくつな人と親しんでいく。心根の清らかな人は心根の清らかな人と、山師は山師と出会い、そしてつながっていく。じつに不思議なことだと思う。“類は友を呼ぶ”ということわざが含んでいるものより、もっと奥深い法則が、人と人との出会いをつくりだしているとしか思えない。
どうしてあんな品の悪い、いやらしい男のもとに、あんな人の良さそうな美しい女が嫁いだのだろうと、首をかしげたくなるような夫婦がいる。しかし、そんなカップルをじっくり観察していると、やがて、ああ、なるほどと気づくときがくる。彼と彼女は、目に見えぬその人間としての基底部に、同じものを有しているのである。それは性癖であったり、仏教的な言葉をつかえば、宿命とか宿業であったりする。それは事業家にもいえる。伸びて行く人は、たとえどんなに仲がよくとも、知らず知らずのうちに落ちて行く人と疎遠(そえん)になり、いつのまにか、自分と同じ伸びて行く人とまじわっていく。不思議としか言いようがない。企(たくら)んでそうなるのではなく、知らぬ間に、そのようになってしまうのである。抗(あらが)っても抗っても、自分という人間の核をなすものを共有している人間としか結びついていかない。その怖さ、その不思議さ。私は最近、やっとこの人間世界に存在する数ある法則の中のひとつに気づいた。「出会い」とは、決して偶然ではないのだ。でなければどうして、「出会い」が、ひとりの人間の転機と成り得よう。私の言うことが嘘だと思う人は、自分という人間を徹底的に分析し、自分の妻を、あるいは自分の友人を、徹底的に分析してみるといい。「出会い」が断じて偶然ではなかったことに気づくだろう。
私はときおり、たまらなく寂しいときがある。私には親友がいないという気がする。親しい友人はたくさんいるが、真の友はひとりもいないなと思う。小説を、ひとり書斎にこもって書いていると、寂しくて寂しくてどうしようもなくなる。そんなとき、私は突然電話魔になって、夜中だというのに友人に電話をかけまくる。そしてしょんぼりと愚痴を言ったり、反対に虚勢をはって威勢のいい演説をぶったりする。小説を書くのはもういやだ。俺はもう疲れた。俺は機械ではない。俺はからっぽの錆びたバケツだ。もう何も出てこない。もう生涯小説なんか書けそうにない。そういって駄々をこねたりもする。電話をかけられた方は迷惑千万である。じゃあ、俺が代わりに書いてやるよなどとはいえる筈がないのだから。そして電話を切り、しょんぼりと蒲団(ふとん)にもぐり込んで、私はいましがた電話をかけまくった相手のことを考える。すると、その幾人かの友人もまた、真の友を持ち得ぬ者たちであることに気づくのである。どんな人と出会うかは、その人の命の器次第なのだ。
宮本 輝 著

《あなたの行動は自動運転》

あなたの行動にブレーキをかけているものは、「生まれつき持っている遺伝子」のせいではないのです。
では、いったい何があなたの行動を決めているのか。
ズバリ言えば、それは「潜在意識」です。
あなたの脳の中に、「こんなことをしていけない」というプログラムが潜在意識の中に埋め込まれているんです。
奴隷システムから抜け出すには、「そういうプログラムが潜在意識として脳内に組み込まれている」ことに気づいて、自分を客観的に俯瞰(ふかん)して見る必要があります。
この、自分の客観視なしには、どんなに本を読んでも、どんなセミナーに行っても、絶対に奴隷システムから抜け出せません。
それほど、「潜在意識」のパワーは強いのです。たとえば、何か行動をするとき。
自分で「考えて行動している」と思っているかもしれませんが、それは間違いです。
あなたの行動の95%以上は「自動運転」です。
なにも考えてなくても、食べたり、飲んだり、歩いたり、身体が自動的に動くうようにできている。
さ らに言えば、あなたが「一生懸命に考えた」と思っている1日にある1万2000~1万6000の思考のうち、95%は「前日とまったく同じ思考」、80%は「ネガティブな思考」でしかありません。
つまり、今日の行動の95%は無意識。
そして、今日の思考の95%は昨日と同じ考え。
そんなことを続けていて、人生が変わるわけがありません。なぜならば、
潜在意識に埋め込まれているプログラムが、
自分にブレーキをかけるからです。

《伝える力》

ビジョンは語ってこそ意義がある
世に出回るビジネス本を開くと、決まって「ビジョンなきリーダーは去れ!」といったことが書かれている。
しかし筆者はこういいたい。
「会話力なきリーダーは去れ!」
どんな優れたビジョンをもっていようと、それだけで組織を動かすことはできない。人を動かし、組織を動かそうとするなら、自らのビジョンを「言葉にして伝える力」が必要なのだ。
ペンシルバニア州の民間企業研究員、ロバート・バームは、183名の独立起業家・CEOを対象に調査をおこなった。
その結果、企業の成長率(利益・販売量)と経営者のビジョンには、これといった相関関係がなかった。そしてビジョンそのものよりも、経営者が自らのビジョンを伝える能力(ビジョン・コミュニケーション能力)が、2倍も重要であることが明らかになったのである。

中身よりも「伝え方」が大切
これは経験者に限った話ではない。
たとえば「オレはロックスターになってロスの大豪邸で暮らすんだ」という、傍目(はため)から見ればナンセンスなビジョンをもった男がいたとしよう。しかし、それがどんなに荒唐無稽(こうとうむけい)なものであっても、自分のビジョンを伝える能力、語る能力が優れていたら、「夢があってステキ」とついてくる女性も出てくる。
あるいは弱小野球部の監督が「甲子園で優勝するぞ」と途方もないビジョンを語っても、その伝え方さえうまければ生徒たちはついてくる。
人を動かそうとするとき、大切なのはビジョンではない。それをいかに語るか、という会話力なのだ。

生返事に隠れた本音を見抜け

わかっていないのに同意する人
仮にあなたが学生だったとして、学校の先生に怒られたとしよう。そして延々と説教されたあげく、先生から「わかったか」と聞かれる。するとあなたは、ほとんど条件反射のように「わかりました」と答えるだろう。たとえわからず、何ひとつ納得していなくても、だ。
もちろん、大人になってからも同じだ。
人は驚くほどに簡単に、口先だけの「わかりました」を使う。それを見抜けないまま相手をしていると、大変なことになるだろう。
カリフォルニア大学の心理学者、ジョージ、ストーンはおもしろい研究データを発表している。
病院のお医者さんが処方した薬を、どれくらいの人が指示されたとおり飲むかを調べたところ、43%もの人がちゃんと飲まず、また症状が緩和すると量を減らすことがわかった。
そして、薬の量が1個だと15%の人が量を減らし、2~3個だと25%の人が、5個以上だと35%の人が勝手に量を減らすことがわかった。
医者のいうことでさえ、これだけしか守れず、この程度にしか考えていないのである。

同意して議論を終わらせる
それでは、人はどうして易々(やすやす)と「わかりました」と口にするのか。
早い話、それ以上やり合うのが嫌だから、早く話を終わらせたいから「わかりました」と同意したフリをするのだ。 「わかったから、それ以上言うなよ」というわけである。
「わかりました」以外にも「はい」「なるほど」「そうですね」など、多くの言葉が口先だけで語られる。それを見抜く力も、重要な会話力のひとつである。

《ほめる技術》

結果ではなく経過をほめよ
人をほめることは、なかなか難しい。特に「以心伝心」や「言わず語らず」の文化をもつ日本人には、何をどうほめればいいのか、わからないことも多いだろう。
そこでひとつ、ほめ方のヒントとなる実験データを紹介しよう。
ワシントン大学の心理学者、フランク・スモールは次のような実験をおこなった。
リトルリーグの子どもたちを、8人のコーチが指導する。そしてシーズン終了後に試合の勝率を測定するのだが、子どもたちの努力をほめたコーチのチームは勝率が52.2%だった。これに対し、ほめないコーチのチーム(野球の指導はする)では、勝率が46.2%にとどまった。
しかも、努力をほめられた子どもたちは「野球が楽しく、コーチが好きで、自分に自信がある」と答えたのである。ほめることにデメリットはないのだ。
ここで大切なのは「努力をほめる」ということ。試合に勝ったからほめるのではない。ホームランを打ったからほめるのではない。それだと回数も限られてしまう。   ところが、努力している姿勢を褒めるのであれば、いつでも何回でもほめられるはずだ。

再否定してほめよ
そして、人をほめるコツとしては「過剰にほめること」「何もしていなくてもほめること」「再否定してほめること」が挙げられる。
再否定とは、相手が「いや、そんなことないよ」と否定(謙遜)しても「そんなことあるって!」と再否定してほめるテクニックだ。これを使うと、ほめ言葉にも真実味が増してくるようになる。

仕事も勉強もほめれば伸びる

ほめて育てるのがべスト
昔から、教育や人材育成の現場では「ほめて育てるか、叱って育てるか」が議論の的となる。もし、筆者が同じことを尋ねられたら、迷わず「ほめて育てよ」と答えるだろう。
ここでは「ほめられると成績が伸びる」というおもしろいデータを紹介しよう。
クリーブランド州立大学コミュニケーション学部のチェリル・ブラッケン助教授は、小学校3~5年生を対象に、次のような実験をおこなった。
実験は記憶のテストで、ある物語を読ませてそれを覚えさせるというものだ。このとき、生徒たちには メモをとることを許可している
そして半分の生徒には、先生が「きれいな字ね」とか「よくがんばってるわね」とほめて回る。もう半分の生徒にはただ「OK」と言って回るだけだ。
すると、ほめられたほうの生徒は、ほめられなかった生徒に比べ34%も物語を記憶することができた。同じ小学校に通う生徒たちなので、もともとの学力に大差はないはずだ。やはり、人はほめられることによって学習能力まで高まるのである。

1日100回誰かをほめろ
ほめられると、人は内的なモチベーションが高まる。部下や子どものやる気を引き出そうと思うなら、とにかくほめることだ。
もし、ほめることに不慣れなら「1日100回誰かをほめる」というノルマを自分に与えること。ネクタイの色でもヘアスタイルでも縦列駐車でもなんでもいいから、人をほめるクセをつけるのだ。いい上司、いい先輩、いい親の条件は「ほめ上手」なのである。

主張をぶつけず、問いかけろ

質問口調に書き換えろ
会話の中で自己主張することは大切だ。しかし、あまりにストレートに主張しすぎても反発を招くだけだ。これは物理の時間に習った「作用・反作用の法則」と同じで、相手を10の力で押す(主張や説得をする)と、押されまいとする相手は同じく10の力で抵抗してくる。つまり、相手の抵抗を取り除く工夫が必要なのだ。
そこで使ってほしいのが「レトリック法」と呼ばれる技術だ。先に実験データから紹介しよう。
オハイオ州立大学の心理学者、ロバート・バーンクラントは、160名の大学生を対象に次のような実験をおこなった。
まず彼らに「大学生には進級のたび、厳しい進級テストが必要だ」という趣旨の文章を読ませる。
このとき、半数の学生には「なぜなら、これは学生自身のためだから」「学生たちの学習を促進するからだ」などと、断定口調でアピールする。そしてもう一方の学生には「これは学生自身のためになるのではないだろうか?」「学習を促進するのではないだろうか?」と、質問口調でアピールする。
すると、質問口調でアピールしたほうが説得効果が高い、という結果が出たのである。

相手の抵抗を軽減せよ
上から主張を押しつけるのではなく、あくまでも下から「・・・だと思いませんか?」と質問する。説得という本音を隠して、純粋な質問であるかのように、決定権を委ねているかのように偽装するのである。
こうすることによって、相手の抵抗を軽減し、自分の望みどおりに誘導していくわけだ。ある種、悪魔的なテクニックといえるだろう。

《無理に励ます必要ない》

「あの~、実は最近仕事にちゃんと打ちこめていないんです。何か仕事が手に付かなくて・・・。やっぱり自分はできない人間なんでしょうか?」
 会社の後輩や部下からこんな悩みを相談されたら、あなたならどう答えますか?後輩・部下のために力になってあげたくて、あの手この手で励まそうとするのではないでしょうか。「お前なら大丈夫だ」「目の前の仕事をがんばっていれば、結果はついてくる」などいろいろな励ましの言葉があります。ですが、このような「励ましの言葉」を言えば言うほど、相手の本音や素直な気持ちを聞くことができなくなってしまうのです。
 なぜならこのような相談をしてくる人の多くは、何もそこで具体的なアドバイスをしてほしいわけではないからです。「自分の話を聞いてほしい」「このつらい気持ちをわかってほしい」と、それだけを思って相談してきているのです。励ましの言葉は逆にプレッシャーにしかなりません。
 では、どのような態度で接していけばいいのでしょうか。また、相談内容の言葉の裏に隠れた本音や、自身でも気付いていない心の声をどうすれば知ることができるのでしょうか。ここで必要なことは、相手が訴えているつらい気持ち、苦しい気分に寄り添いながら、丁寧に相手の言葉を聞くという態度で接することです。
 カウンセリングの専門用語では、この聞く姿勢のことを「傾聴」(けいちょう)と呼びます。相手のことを無条件に受け入れて、相手の心に寄り添いながら共感して話を聞くという方法です。そこには励ましの言葉は必要ありません。ただ、相手の気持ちや言葉に共感して耳を傾けるという、その姿勢だけでいいのです。
 話を聞くときには、普段からこの「傾聴」の姿勢を意識するようにしましょう。それができれば、言葉の奥に隠れた本質的な悩みに話し手自らが気づき、あなたにより多くのことを語ってくれることでしょう。

《人生は不公平》

人生がいかに不公平かという話をしていたとき、友人にこう聞かれた。
「人生は公平だなんてだれが言ったの?」彼女はいい質問をした。それで子供のころに教わったことを思い出した。人生は公平ではない。それは不愉快だが、ぜったいに真実だ。皮肉なことに、この事実を認めると気持ちがすっと自由になる。
私たちがしでかす思いちがいの一つは、自分や他人を気の毒がることだ。人生は公平でなくちゃならない、いつかそうなるべきだ、とつい思ってしまう。
だが、人生は公平ではないし、そんな日がくるはずはない。いったんこの思いちがいにはまると、人生が思うようにいかないことにくよくよしたり、人と傷をなめ合って人生の不公平についてグチを言い合うことに時間をとられるようになる。「まったく不公平だよな」と人はよくグチをこぼすが、そもそも人生とは不公平であることに気づいていないせいだろう。
人生は不公平だという事実を認めると、自分を気の毒がらずにすむようになり、いまもっているものを最高にいかそうと自分を奮いたたせるようになる。すべてを完璧にしようとするのは「一生の仕事」ではなく、自分にたいする挑戦なのだ。
この事実を受け入れれば、人を気の毒がることもなくなる。みんなそれぞれに困難を乗り越え、それぞれの挑戦にたち向かっているからだ。私はこの事実を受け入れることで、二人の子供を育てる大変さを乗り越え、自分が犠牲になっているとか不当に扱われているといった個人的な葛藤を乗り越えてきた。
人生は不公平だからといって、すべてあきらめ、自分自身の人生や社会の向上につとめなくてもいいということではない。その逆で、だからこそ努力すべきだ。人生は不公平だという事実を認めないと、つい他人や自分を哀れむようになる。憐憫(れんびん)は人のためにはならない。すでに気が滅入っている相手の気分をさらに落ち込ませるだけだ。
だが、人生は不公平だという事実をはっきり認めると、人にたいしても自分にたいしても同情することができる。同情は哀れみとちがって相手に心からのやさしさを伝えることができる。
こんど社会の不公平について考えるときがあったら、この基本的な事実を思い出してみよう。そうすれば自己憐憫(れんびん)を振りきって、なんらかの手を打とうという気にさせてくれるから驚きだ

「小さいことにくよくよするな」
リチャード・カールソン著

《頑張っては命令》

精神科には、「健康的に、前向きに考える」という思考回路を失ってしまった人たちが多く来ます。よく、うつ病の人に「頑張って」と言ってはいけないと言われますが、なぜいけないのでしょうか。それは一見「応援」のようで、実は「命令」だからです

その証拠に、「頑張って」を「頑張れ」と命令形にしてみてください。意味がまったく変わらないことに気づくでしょう。特に親や上司などの上の立場の者から、子供や部下などの下の立場の者に対して言われた「頑張って」は、たとえ言った者には「命令」のつもりがなくても、言われた相手には命令として響いている場合が多いのです。

「頑張れと言われるのですが、もうすでに頑張っているのです」

ドクター曰く、これは企業の顧問医をしていて、メンタル不調に陥ってしまった患者さんが訴えるセリフ、第一位です。

このことからも、「頑張って」が、命令として相手に響いていることがわかっていただけるのではないでしょうか。

《黙って聞く》

カウンセラーは「聞く」だけ?
会話の「聞く力」を考えるときは、カウンセラーを思い出すといい。カウンセラーの仕事は、基本的に「聞くこと」である。乱暴ないい方をすれば、ただ話を聞くだけでお金をもらうのが、カウンセラーなのだ。
マサチューセッツ州にあるウェズリー・カレッジの心理学者、クリス・クラインケはカウンセラーがクライアントと話している様子をビデオで撮影した。
このとき、会話全体のうち33%を自分が話すカウンセラー、50%を自分が話すカウンセラー、67%を自分が話すカウンセラーと、3つの会話パターンに分け、それぞれの好意度を第三者に判定してもらった。
その結果、最も好意度の高かったのは33%しか話さないカウンセラーだった。実際の話、優秀なカウンセラーほど余計な口は挟まない。そして彼らに話を聞いてもらうと、まるで母親に抱かれた赤ん坊のような気分になってしまうものだ。「聞くこと」のプロは、確実に存在するのである。

会話の「3秒ルール」をつくれ
われわれはカウンセラーのように聞けない理由は簡単だ。人の悩みや相談を聞いていると、ついアドバイスしたくなってしまう。
そこでやってもらいたいのが、相手の発言後、3秒間待つという「3秒ルール」だ。相手が何か発言したら「うん」とか「そうか」と呟き、3秒間待つ。そうすると、たいてい相手が「それでね…」と話しを続けるはずだ。ここで間をあけずに自分の意見を入れようとするから、会話がかみ合わず、聞き上手になれない。
間を恐れる必要はない。相談事を持ちかけられたら、「3秒ルール」で聞き役に徹しよう。

話を聞く「しぐさ」にも注意

相手の「鏡」になってみる
たとえ話が上手でなくても、すぐに実践できる会話術がある。それは、「話を聞くとき、相手のしぐさを真似る」というテクニックだ。
会話とはキャッチボールなのだから、べつに自分が素晴らしい球を投げられなくてもかまわない。相手にいい球をなげさせること、つまり、相手に気持ちよくしゃべらせることができれば、十分に会話の達人なのだ。
そしてこのとき有効なのが、相手のしぐさを真似ること。これは心理学の世界で「ミラーリング」と呼ばれるもので、カウンセラーなどがよく使うテクニックだ。
たとえば、相手が足を組んだらこちらも足を組む、相手は身を乗り出せば、こちらも身を乗り出す。相手がコーヒーに手を伸ばしたら、こちらもコーヒーを飲む。まさに「鏡のように」しぐさをコピーするだけで、相手は気持ちよくなってしまうのである。

会話をスムーズに運ばせるために
ニューヨーク大学の心理学者、ターニャ・チャートランドは、ミラーリングについて次のような実験をおこなった。まず被験者をサクラのスタッフと15分間会話させる。このとき、半分の被験者にはミラーリングを使い、もう半分にはミラーリングを使わない。
そして会話が終了したあと、スタッフに対する好意度を尋ねたところ、ミラーリングされた被験者の6.62点に対して、ミラーリングされなかった被験者は5.91点と低かった(9点満点)
また、この実験ではミラーリングされた被験者のほうが「会話がスムーズだった」と答えている。
つまり、相手のしぐさを真似るだけで、相手から好かれるだけでなく、会話そのものもスムーズに運ぶのだ。

相手の話し方も真似てみろ

しぐさの次は話のテンポ!
相手のしぐさを真似ること(ミラーリング)を覚えたら、今度は相手の話し方を真似てみよう。ここで真似するのは、話し方のテンポやトーンなどである。
たとえば、彼女が明るくデートの話をしてきたら、同じく明るい調子で答える。
また、同僚が真剣なトーンで転職について相談してきたら、同じく落ち着いた真剣な調子で言葉を返す。間違っても笑ったり、能天気なトーンで答えてはいけない。
ゆっくり話す相手にはゆっくりと、早口で話す相手には早口で返すのが基本なのだ。
これについて、バージニア州にあるサフォーク大学の心理学者、ナンシー・プッチネリは次のような実験をおこなっている。
ます39組のペアに、将来の夢や日常生活など、自由に会話してもらう。
そして、その様子を16名の観察者がチェックし、会話のテンポが合っているかどうかを判定する。
すると、会話のテンポが合っていたペアほど、終了後互いへの好意度が高くなっていることがわかったのだ。

テンポを合わせて「共感」する
それでは、なぜ会話のテンポを合わせるのか?
答えは簡単だ。
会話のテンポを合わせることは、「共感」のサインになるのである。ただテンポを合わせるだけで「その話に同意してるよ」「君の味方だよ」「君のことが好きだよ」というサインを、無言のうちに送っているのである。
逆にいえば、会話のテンポを合わさず、自分のペースでしゃべる人からは「共感」など感じることができない。
だからこそ、彼らは嫌われるのである。

相手の「感情語」をくり返す

オウム返しの場所を選べ
優れた聞き役のテクニックに、オウム返しがある。
相手が「仕事、おもしろくないよね」と呟(つぶや)けば、こちらも「おもしろくないよね」とそのままオウム返しする。こう書くと簡単なようだが、心理学の世界で「反射(リフレクション)」と呼ばれる効果的なテクニックだ。
そして単純なオウム返しに慣れてきたら、今度は相手の「感情語」に注目して、それをオウム返しするようにしよう。ここでの感情語とは、発言者の感情が最も表れている言葉のこと。
たとえば、同僚が「先週、彼女と別れちゃってさ」と打ち明けてきたら「別れた?」とオウム返しする。
また、友達が「オレ、今度課長に昇進するんだ」と嬉しそうに報告してきたら「昇進?」とオウム返しする。間違っても「お前が?」などと、ヘンな場所をオウム返ししてはならない。

会話の文末に注目せよ
ペンシルバニア州立大学の心理学者、ロバート・アーリックは、オウム返しの効果について次のような実験をおこなっている。
まず、90名の女子大生をサクラの女性スタッフと会話させる。このとき、半分の女子大生には「感情語のオウム返し」を使い、もう半分には「普通のオウム返し」を使った。その結果、感情語のオウム返しをされた女子大生は、そうでない女子大生に比べ発言数が27%、スタッフに対する好意度が11%も増えたのである。
ちなみに日本語の場合、「文末決定性」という文章の最後のほうに感情語がくることが多い。そのため、感情語を探すときには、できるだけ文末に注目するようにしよう。

《問題行動だけ指摘する》

いくら相手が悪いからといって、それをそのまま指摘すると、怒り出すような相手もいます。あるいは、ネガティブな指摘をすると、自分を守ろうとして、話をまったく聞き入れてくれなくなることもあります。
注意をしたり、問題を指摘するのは、思いのほか難しいことなのです。きちんとこちらの思いを伝えるためには、話し方や伝え方が重要なのです。
例えば、遅刻をした部下に注意するとします。本人も反省していますが、こんなときに「遅刻するなんて、けしからん。そうやって時間にルーズだから、仕事ができないんだぞ」と、怒りのあまりに遅刻したことだけではなく、相手の人格まで批判してしまうと遅刻の話ではなく、勤務態度の問題になってしまいます。
勢い余って、そのような批判をしてしまう上司や先輩も意外と多いのではないでしょうか?
すると、遅刻した部下は、「遅刻したことは反省しているけれど、仕事のことは言われたくない」と反発して、素直に話を聞くことができなくなってしまいます。あくまで注意して改善してもらいたいのは、遅刻に関することです。
そのため、このようなケースでは、問題になっている行動にだけ注目するのです。いきなり他人の性格を改善することはできませんが、行動を改めさせることはできます。
相手がきちんと自分で改善してくれることを信じて、「遅刻は困るので、何とか協力してくれないか?」と諭すことが肝心なのです。
あくまで目の前で起こっている行動を問題視して、それを改善させるよう話すことがポイントです。