《脳の話》

我々が脳を使うとゴミが出る。ゴミが出ること自体は悪いことではなく、通常このゴミは分解されて、回収されて、再利用されることになっている。しかし、なんらかの理由で、どうしても自然には分解できないほどに、ゴミ同士複雑に絡み合って大きく育ってしまうことがあって、それがこれら粗大ゴミなのである。神経細胞と神経細胞との間に溜まってしまった粗大ゴミが①老人斑(異常なタンパク質「アミロイドβ」の集まり)で、一つの神経細胞の中に溜まってしまった粗大ゴミが②神経原線維変化(異常なタンパク質「タウ」の集まり)である。
加齢により、誰でも多少は老人斑により記憶力が衰えて、複雑なことは何度もやらないと覚えられず、新しい学習がおっくうになることがあるが、アルツハイマー型の記憶障害は、ごく簡単なことですら、新しいことが覚えにくくなるところに特徴がある。これは海馬の損傷のためである。
また、海馬は、大脳皮質に蓄えられている記憶を呼び起こそうとするときにも使われる(このプロセスを「リトリーブ」と呼ぶ)。海馬が損傷しても、記憶は大脳皮質という別の場所に保存されているのだから、記憶自体が消えてしまうことはないのかもしれないが、その記憶にうまくアクセスすることができなくなる。それゆえに昔の記憶が「思い出せない」という現象も起こることがあるのだ。
アルツハイマー型認知症の初期の具体的な症状を挙げると、新しいことが覚えにくくなるので、今日あったことをうまく説明することはできなくなる。また、その場で誰かと約束しても、覚えられていないので、すっぽかしてしまうことが多くなる。新しいことが脳に定着できないため、今目の前で展開されている会話の流れもうまくつかめなくなって、コミュニケーションが成立しにくくなる。また、何かしようと思って席を立ったが、何のために立ったかがわからなくなるなど、目的の遂行が難しくなる。「今ここ」の状況がしっかり把握できないので、物事の整理ができなくなる。判断力が低下する。そのため料理や掃除といった、今まで簡単にやっていたはずの仕事ができなくなる。また、今がいつなのか、自分が今どこにいるのか、という認識(これを「見当識」と呼ぶ)にも混乱が起こる。くり返し同じことを言ったりやったりする。さらには、忘れたことを忘れてしまうので、自分の症状を正確に把握することが難しく、「自覚」という面にも問題が出る。