《編集手帳より》

 読売新聞・・・・編集手帳より 

 仏教の修養法に『止観』がある。心を静めて智慧を起こし、事物を正しく観る。日想観はその一つで、西方に沈みゆく太陽を見て、極楽浄土を観想する。

 司馬遼太郎さんの『大阪の原形』によると中世、難波・四天王寺での日想観が有名だった。夕陽を見るために諸国から人が集まったのだという。辺りは台地で、今も夕陽丘や夕陽ケ丘の名がある。

 学生の頃、好きでよく歩いた司馬さんは、ある夕、鮮やかな朱色で《天体とはおもえない太陽》が、漂うように沈んでいくさまを崖から眺める。《息をわすれるような思い》がして《大阪の名所をあげよといわれれば、この崖ではないか》と思ったそうだ。

 難題を抱え、崖っぷちでせめぎ合うリーダーたちは、なにかしら光を見ただろうか。大阪でのG20首脳会議が終わった。笑顔有り、渋面あり、議論の合間にのぞく顔は様々だった。一定の成果、との報を、まずは信ずるほかない。

 《見よ 燃える空 あの空に映るのは 人の世の苦しみ 争い そして愛》“君は夕焼けを見たか”・・・阪田寛夫  できることならば、御一行様を隠れた名所に案内したかった。