《教えるということ》

人に何かを教えるということは、難しいことです。慶応大学の加藤寛ゼミでは、伝統的に【質問する】という手法でゼミが運営されていました。教授も先輩たちも学生・後輩に質問を繰り返すことで教育をしているのです。『切磋琢磨』というタイトルの本に詳しく書いていますので、興味のある方は読んでみてください。

河合隼雄著『こどもはおもしろい』から

教育というときに、動物を訓練し、しつけるというイメージと、植物を育てるというイメージと両方がある。どちらも大切なのだが一般に植物イメージで考えることの方は忘れられがちのように思われる。土壌と太陽の光とがあれば、植物は自分の力で育ってくる。

この時に、人間は芽をひっぱたり、つぼみを無理に開いてみたりしてはならない。

ここで、土壌や太陽に相当するのが、教師あるいは親などの、その周囲に存在する人々の暖かい,待つ心である。これはまわり道のように見えて、結局は一番の近道なのである。

熱心に教育しようとする人によって、芽をつみとられたり、つぼみを台無しにされてしまったような子供の例を、我々は数多く見てきたのである。